2020年1月18日土曜日

小さな人

「未来のことは考えない」
「ボク、未来のことは考えないことにする」
「未来は死だからね」

突然息子がそういいました。
30数年前のこと、私の誕生日を間近に控えたある日のことです。
息子は保育園の年長さん。

驚く私にかぶせるように、
「だってボクが大人になったころ、お母さんはおばあさんになって、そして死んじゃうんでしょ」
息子はそう言って涙ぐみました。

「だからボクはもうこれから、未来のことは考えない。今日のことだけ考えて生きることにする」
静かで確かな決意表明でした。

そうなんだ。そうだね。それがいいね。

息子の言葉はちゃんと覚えているのに、私がどんな言葉でそれに応じたのか、覚えていません。
ただ、ただただいとおしくて抱き締めたことだけは覚えています。

たった5年しか生活していない「小さな人」の哲学。
あああ、この人は仲間だと、一緒に生きる大事な仲間の一人だと心から思った瞬間のひとつです。

小さな人を侮ってはいけません。
私は息子たちとの暮らしのなかで、
人は人を信じ愛することができるのだということを体験し、学びました。

それまでの人生のなかでも、両親を含め家族に、親戚に、友人に、いろんな人の愛のなかで生きてきたのだと思いますが、
息子の愛は容赦なく真っ直ぐで、私に何も問わない。
その事に驚きました。
こんなふうに愛されたことがあるだろうか。
産んだだけなのに。

ありがとう、息子たち。

おかげさまで私は昨年末に70歳になりました。


トケイソウ。
時計の文字盤に似た花をつけるので
この名がつきました。

2019年12月28日土曜日

誕生日

沢山のお祝い事のなかで私は誕生日が一番好きです。
自分のも他の人のも。

今我が家には、我が家でご飯を食べてくれた人に「良かったら書いてください」とお願いする“お誕生日ノート”もあるくらいです。
ときどき開いては、あ、今日はあの方が生まれた日ね、と愉しみます。

私は12月31日生まれの6人兄弟の末っ子。
「あなたは特別よ」と姉たちは言いますが、たいていケーキで祝ってもらった気がします。
クリスマスの時期ですからね。

小さいころ、私の父は学校に勤め、母が独りで小さな酒屋を切り盛りしていました。
6人兄弟に加え、住み込みで店を手伝ってくださる方もいましたから、結構大家族。
一人一人の誕生日を覚えているのも大変だったと思いますが、母は母のやり方で祝ってくれました。

母の口ぐせは「お客になって、お客になってもらうの」。
クリスマスになると、町の何軒かのお菓子屋さんからケーキが届きました。
そのときにたぶん一緒に頼んでくれたのでしょう。クリスマスのほかに誕生日にもケーキを!
みんな貧しかった時代のお話です。

それはそれで嬉しかったのですが、一番心に残っているのは、
「今日は⚪⚪ちゃんの誕生日だから、店にある好きな缶詰、なんでも食べていいよ」
と母が言ってくれる日。
嬉しくて嬉しくて目がくるくるしました。
忙しくて、準備できなかったのでしょう。今はその切なさもわかります。
幼い私は、ミカンの缶詰にするか赤貝にするか、たいそう悩んだことを今でも覚えています。

おとなになって離れて暮らすようになってからは、
自分の誕生日は母の「出産記念日」だったのだと気づき、「おめでとう」と「ありがとう」は、私のほうから届けるようになりました。

息子という存在を得てからは、
ひとりの息子は「何か欲しいものはないか?」と訊いてくれたり、
もう一人の息子は「誕生日だから好きなだけしゃべっていいよ」と電話をくれたりします。
どちらのプレゼントもかけがえのないものです。

70歳の誕生日を数日後に控え、しみじみと幸せの何たるかをかみしめながら。




挿絵が美しい365日のメモリアルブックを
お誕生日ノートに。
 
 

2019年11月24日日曜日

「受けとめる力を信じて」 ――人形劇を観る前に

上演へのご依頼をいただいたとき、大人と一緒にご覧になるという場合には、
私のほうから「聴いて欲しいお話があります」と大人向けの事前講演会をお願いをすることが多いかな。
とりわけ人形劇『かえるくん・かえるくん』は、
人形劇との初めての出逢い=アートス タートとしてお取り上げいただくことの多い作品。
近頃は、小さな人はもちろん、大人の皆さんにとっても「初めての人形劇」とい うことも増えていますから。

「どうして?」 「観る前にお話を聞いちゃったらたら愉しみがなくなっちゃうんじゃないの?」
大丈夫です。
人形劇への期待が膨らむのと同時に、一緒に観る小さい人たちの様子を愉しむと いう、もう一つの素晴らしい体験の入り口が開かれること請け負います。
「我が子再発見!」
小さな人たちの受け止める力、すでに持っている力の確かさに心動かされること でしょう。

けれど、大人の観客のすべての皆さんに事前にお話を聞いていただくのはなかな か難しい。
そこで、小さなエッセーを、会場入り口に立て掛けておいたり、配布したりしています。
ここに載せさせていただきますね。
随分前に書いたものですけれど、ぜひお目通しくださいませ。



「受けとめる力を信じて」

客席が急にざわつくときがあります。
『かえるくん・かえるくん』の友だちとの別れのシーンです。

ドラマとは関係のない話をしだす子どもや、
さっきまで子ども席に一人で座っていたのに、おかあさんのところにつーっと寄って行く子ども。
お母さんの胸やひざに顔をうずめてしまう子どもも。

「一番いいところなのに」
「さっきまであんなに集中して観ていたのに」
「あれ、飽きちゃったのかな」
大人は不安になったり心配したり。

でも大丈夫。
たぶんドラマに飽きたのではなく、むしろ心いっぱいかえるくんのことを心配してくれているのでしょう。

小さな人たちは、
<居ても立ってもいられない>ときは<居ても立ってもいられない>と
からだで表現するようです。

そんなときはただ抱きとめてください。
どうぞ言葉で慰めないでください。

そして彼らが、
自分の意志で、舞台のほうへからだを向けなおすのを待ってあげてください。

芝居は、年齢を問わず、観客一人一人に等しくメッセージを届けるものなのです。

ときに大人の助けも得ながら、
劇場空間を自分の意志で生きること、
二つの目、一人の人格、新しい市民として生きていることを
見守ってほしいと思います。

小さな人たちにとって一番最初に接する文化は、
お母さんであり家族なのだということの意味を近ごろとみに感じています。

子育ての術が何か他にあるように思われがちなのですが、
子育てでまず問われるのは、大人がどんな文化のなかに身を置くかということではないのでしょうか。



『かえるくん・かえるくん』
かえるくんは、森の中でお友だちに出会いますが……。
 

2019年11月7日木曜日

一人百色

島根県の幼稚園での観劇会でのことです。

三歳児から五歳児まで50人くらいかな。
作品は「ふたりのお話」。

いつものように五歳児さんが一番前に。そして、四歳児さん、三歳児さん。
いつもと違うのは、客席を縦に二つに分けたこと。
半分が園児席。残りの半分が大人席。
そう、
五歳児さんのかたまりと、その親御さんのかたまりが、並んで座ったわけです。

そうしたらね……、
素敵なことが起こったの!

観劇後のお父さんお母さんとの交流会で、
どの親御さんも
「我が子がこんなに笑う子だったとは知らなかった」
と口々に。

いいでしょ❤

「初めて人形劇を観ました」という方がほとんどでしたが、
親御さんは舞台も楽しんでくださりながら、
時々身を乗り出したり、背を伸ばしたりして、我が子の姿を観ていたのね。

「ふたりのお話」は、
進行係のおばあさんが客席に向かって話しかける、私の劇団ひぽぽたあむでは珍しい作品。

「人形劇は好きですか?」とか
「皆さんが一番好きな季節はいつですか?」 とか客席に聴く。
客席からの応えも洒落ていて、
そのやり取りでまた笑っちゃう。

五歳児も三歳児も大人も、
笑う笑う。喋る喋る。

私は思いました。
親御さんの席を、小さな人たちの隣にしてよかったな。
親御さんはやっぱりわが子の様子も観たいんだな、
とね。

かたまりの中のわが子を、ね。

そして言いました。
「親御さんといるときの顔は、親御さんといるときの顔で、全部じゃないんだね。
よそでは違う顔ももってる。
おとなの皆さんもそうでしょ」

そして
「わが子のことは私が一番知ってる、と思わない方がいいんじゃないかしら。どんなに仲良しでも」 とも。

わが子の豊かな顔は、豊かな出逢いで生まれ育つんじゃないかなと。

いろんな人との交わりのなかで、
本人も気がつかないうちに、自分の中の何がが引き出される。

わが子の中に、まだまだ出逢っていないわが子がいる……!?

なんか愉快。


「皆さんが持ち寄ってくださった布で作りました」
チェリヴァ公演 UNNANアートスタート実行委員会 石田敬子作

2019年10月8日火曜日

夏が終わり涼しくなると、いつも心が痛むこと



夏が終わり涼しくなると、胸がチクチク痛みます。
あぁあと心底後悔するのです。
いつも表向きには、人生反省はするが後悔はしない、などと豪語している私なのですが。

涼しくなった頃に、まるで夏の疲れがどっと溢れ出たように、保育園っ子の我が息子は「とびひ」になるのです。
3、4年続いたでしょうか。
 当然保育園はお休みしなければなりません。
私は代替えがききにくい仕事をしていましたから、本当に困ってしまいました。
親は二人。夫はあてにならないし、親戚は遠いし、近所のどなたかに預かっていただこうにも、その方にもお子さんがいるとうつってしまうし……。
オロオロうろうろ。

そんなときに「病児保育」という言葉に行き当たりました。
息子の保育園にもそんな部屋があればいいなあ。
病院で短期入院というのはどうだろう。
こんな思いをしているのはたぶん私だけじゃない。仲間を募り、「病気の子どもを預かってくれるシステムを作ってください」そう保育園や行政にお願いしたらどうだろうか。
本気で考えました。

けれど小さい人が大きくなるのは思いの外早いものです。

そのつど、親切な友人知人に助けられ、結局、行動に移す前に息子は卒園し、「とびひ」を患うこともなくなり、
現金なことに「病児保育」への私の関心も薄れてしまいました。


けれど今になってざわざわと心が痛むのです。
正確に言えば、
大事なことにやっと気がついた、というところでしょうか。

「病児保育」への要求は、「仕事を休めない親」の切実な思いから始まっていましたが、「もう一人の当事者」の息子の気持ちには、思いが至ってなかった。
病気をしているときくらい、せめて親に、そばにいて欲しいと願っていたのじゃないかしら、と。

いつもはいいよ、一人で頑張るよ。
だけどね、と。

そうなんだ。
もう一人の当事者は、「物言わぬひとびと=言えぬひとびと」だった!
「病児保育」は、 一歩間違えば、大人本位の、子ども不在の取り組みになりかねない。

私が要求すべきは、病気とりわけ伝染性の病気を患ったときは、親のどちらかが休めるという、親の働き方見直しだったのではないかと悔やむのです。
子育ての時間と経済と身分の保障。
子どもが病気のときには「子どもにとって一番よいやり方」を選べる、そんな世の中になるよう動くべきだった。

子どもをさずかるその時期は、親にとっても仕事に邁進したい、邁進出来る時期でもあって、私なども仕事大好き、仕事一番人間の一人でした。
しかし、大事なことは小さな息子にとっても、人生の根っこを作る一番大事な時期だった! ということ。
親の方も子育て期は、長い人生の中のほんのいっときの出来事なのだということ。

よその国では女性の首相が産休をとったり、議会に子連れで出席したり、議長が抱っこしながら議会を進めたり。
「私の子ども」から「私達の子どもたち」に。
周りの大人たちみんなが、次世代を育んでいるのだと懐を広げ、具体的に支え合うことが形になってきている国もある。

 私の息子も6ヶ月の育休がとれたり、ずいぶん子育ても社会化し進化してきました。
この国だってやれば出来る!

子育てが終わったから気づけたこと。
婆ちゃんと呼ばれるようになったから解ったことを胸に抱いて、さあ、後悔を反省にかえてもうひとがんばりしましょうか。




[
「昼は夏なのに、夕凪は秋だよ」
写真とことば 松山マキ








2019年5月15日水曜日

「おおめにみてくださいな」

   
「何でけんかするの!せっかくみんなでお芝居楽しんできたのに」

親子で観劇の後。
帰り道や帰宅してから、些細なことでけんかが始まったりする。

「さっきは芝居観ながら泣いたり笑ったり。
ああうちの子も、他人の痛みや悲しみや喜びがわかるようになってきたんだなって、ママは、そのことに感動してたのに……。
お金と時間をかけて観るほどのことはなかったかしら」

などと、お母さん、嘆き悲しまないで。

普段ならもめないようなことでもめてしまうのは、
彼らの目が、耳が、心が、感じやすく、かしこくなっている、耕されて柔らかくなっている、
同時に傷つきやすくなっているということなのでは?

いつもなら聞き逃せることが聞き逃せない。
目につく。気に障る。そしてぶっつかる。
芝居なんか観たから!

それは、ほんとは素敵なことなんじゃないのかな。

芝居を観て、登場人物に心を寄せ、自分とおんなじだと思ったり、自分ならそうはしないな、と突き放したり。
わくわくしたりゆらゆらしたりざわついたり。
なかなか言葉にできない心持ち。

それは、とても幸せな気分や穏やかな心持ちの時もあるけれど。
同時にある意味、安心の反対側、ある意味穏やかの真反対の心持ちになることでもあるのではないかしら。
どーんと心に届き、心が動くのですからね。
本人ももて余していたりする。

でもいいんじゃないかなあ、こういうの。
ゆらゆら万歳。
利口な人生より、耳聡く目明るき人生を生きたいと私は願う。
けんかは、素朴なコミュニケーション。
揺れや荒れのまんまでぶっつけられる相手がいるということも素敵。

吸ったら吐きたくなるものです。

けんかは、心が動いた結果だと、
人間への関心と、表現への入り口だと、
おおめにみてくださいな。

平穏無事の、のっぺらぼうの人生よりも、よっぽど愉快だと、私は思うの。



「芝居の後(あと)・先(さき)」。波風たつのも、素敵なこと!

 
 
ひぽぽたあむはどこへでも出かけます
 
<夏のフェスティバル公演参加日程>

 

724 りっか・りっか★フェスタ 宜野座ガラマンホール「かえるくん・かえるくん」

 7月25・26日 りっか・りっか★フェスタ 那覇市緑化センター「かえるくん・かえるくん」

82日 飯田人形劇フェスタ 飯田市文化会館「チップとチョコ」

8月4日 喜多方発21世紀シアター 喜多方プラザ「ハリネズミと雪の花」

 8月5日 喜多方発21世紀シアター 山都保健センター「ハリネズミと雪の花」

8月25  ルネこだいら夏休みフェスタ  ルネこだいら「ふたりのお話」


 


2018年11月15日木曜日

★お知らせです!

これは英国の森に暮らす暮らす小さな動物たちの物語

リスのスキレルと、野ウサギのヘアと共に
森のはずれの小さな家に暮らす灰色うさぎのグレイ・ラビット。

森には暮らしに必要なものが
全てあるけれど、
恐ろしいイタチや
獲物を探すフクロウもいて
油断できません。

危険をはらんだ日常を
生きる知恵と力は
どこで生まれ育まれるのでしょう。
片手遣いの人形達が静かに問いかけます。

美術もシンプルで美しい、ほっと心が温かくなるお話です。

永野むつみ主宰の劇団ひぽぽたあむによる人形劇をぜひ一度ご鑑賞ください!




スキレルとヘアとグレイ・ラビット」


原作/アリソン・アトリー  
翻訳/石井桃子・中川李枝子 「グレイ・ラビットのおはなし」岩波少年文庫刊
脚色・演出/山根裕子  美術/山根恵子  音楽/足立裕子  照明/丸山昌彦
出演/永野むつみ、松原由利子、大沢直、海老原卓治
 
 
11月23日(金・祝) 14:00開演(開場13:45)       公演時間60分
主催     一般社団法人全国専門人形劇団協議会
一年一組 
芸能花伝舎 東京都新宿区西新宿 6-12-30     芸能花伝舎 2-4   📞 03-5909-3072    
おとな・こども共通……………… 前売り1,500円 当日2,000円
    おやこ券(中高生以下との2人1組)…前売りのみ2,500円

お問合せはこちらへ
 
人形劇団 ひぽぽたあむ
〒 183-0016   東京都府中市八幡町 2-19-6 オークヒルズ府中 303
Tel 042-369-1246   Fax 042-369-0644
E-mail   hipopo@io.ocn.ne.jp
URL   http:// hipopotaamu.com