2018年9月21日金曜日

もの言う秋

「本日は私が司会をさせていただきます」
と、
見覚えのある女性のご挨拶を受けました。

その日は、
親と子が、生の舞台を観ながら、地域のみんなで育ち合おうという団体での講演会。

「前にお目にかかった時に、傲慢ですと言われた者です」
とも。
あらあら、私はなんとひどいことを申し上げたのでしょうと反省しつつ、
はたと思い出しました。

前回お目にかかった時に、
「しゃべるのが苦手なんです」
と何度も何度もおっしゃった方です。

「一言で全部、完璧に言いたいと思っているからじゃないの? 
そういうのを傲慢て言うのよ」
と。
そうそう、確かにそう申し上げた。

「司会としてどんなことをお話すればいいですか、私しゃべるのが苦手なんです」
と、今回もまた。

「あなたしか話せないことをぜひ」
と私。
「ひえーっ。私、朝からもう緊張して、手を洗ったその手洗い石鹸で顔まで洗っちゃったりして。もうヒリヒリ……」

「その話をそのまんましたら?」
「彼女は、今日はお誘いした方もおいでになるから余計に緊張してるのよね」
と仲間が助太刀。
「ならいっそう、その話をなさいませよ」
と私。
「その方が新しくおみえになった方も安心するわよ」
とさらに追い討ち。

「ひえーっ。」
と本日の司会者さんは叫びましたが……、
本当にそのお話だけをなさって、
「それではむつみさんお願いします」
と。
見事にさっぱりした、素敵な始まりのご挨拶でした。

口下手だと思っている皆さんに一言。

思っていることを全部、きちんと言おうと思わないこと。
そんなことできっこない。

それより自分しか話せないこと、自分が直に見たり聞いたりして自分が感じたことを、
その事だけを、自分の言葉で話す。

自分の見た景色だから、あくまで部分でしかないけれど、
でも「私には」こう見えました、こう聞こえました、こう感じました。
なら言えるはず。
「私は」「私には」をつければ大丈夫。
まずひとこと話して、足りないなと感じたらまたふたことめを足せばいい。

自分の見ている景色は「部分」なんだという自覚が、
個人的な話に、広がりと深さを与えてくれるんじゃないかしら。

想う存分しゃべりあいましょう。
自分からしゃべらないと相手には伝わらない。

それとも秋は口を閉じて、観ることや聴くことにせいをだしますか。 もの想う秋です。



秋は講演会にお招きいただくことが増えます。
人形劇の公演が増えるからでしょう。

小さな人と一緒に観る前に、大人には
「小さな人が観ること」についてのお話を
聞いていただいた方がよい場合が多いからです





【人形劇団ひぽぽたあむ公演のお知らせ】
「スキレルとヘアとグレイ・ラビット」(写真)
11月23日(金)祝 14時開演
パペットシアター1年1組in西新宿芸能花伝舎
http://www.zenninkyo.jp/hipopo.html





 

2018年7月15日日曜日

「ねえ、お母さん聞いて」

「お母さんは質問するけど答えのいらない人なんだね」
ある時、背中の方から声がしました。

どきっ。

「今日はどうだった?」
保育園から帰った息子に、私はたいてい、そう声をかけました。
洗濯物を取り込みながら。あるいはスーパーで買ってきたものを冷蔵庫に放り込みながら。あるいは郵便物を仕分けしながら。
あるいは、あるいは……。


そうなんです。
働く母は、帰宅したとたん家事が山積み。
けれど、保育園から一緒に帰宅した息子とも交わりたい! これも本心なのです。
で、何かしながらの質問になるわけです。
「今日はどうだった?」

息子は懸命に、何か話していたのでしょうね、私の背中に。
なのに母は、これが終わると次、これが終わると次、と、いっこうに自分を見てくれない。
多分、「へええ」とか、「そうなんだぁ」という母の相づちも、どこか虚ろだったんでしょうね。

そしてついに、一言
「母さんは質問はするけど答えのいらない人なんだね」
と!
「あああ、ごめんねっ」

その息子は三ヶ月前に、自身がパパになりましたが、私としては未だに忘れられない、息子からの、ぐさり心に刺さる一言でした。

孫も生まれて本物のおばあちゃんになった今、心から思うのです。
何であのとき、手を休め、振り向き、向かい合って、 「今日はどうだった?」 と聴いてやれなかったのか、と。
何をそんなに急いでいたのかしら、と。

そして思うのです。
多分、息子は、薄情な母なのに、私との交わりを諦めなかった。
「ボクの話を聴いて」
そして、多分、息子は、私が何をしていたのかを、私の背中越しに見ていたから、それが自分の暮らしに関わることだから、それが解るから許してくれていたのではないか。薄情さを受け入れてくれていたのではないかしら、と。

母は洗濯物を、買い物したものを、郵便物を片づけ、ご飯作りを、していた。
彼にも解る「必要なこと」をしていた。

けれど、これが、スマホだったらどうなんだろう。

「ボクの話を聴いて」
「ボクを見て」

話しかけても、呼び掛けても、母の目が、母の関心が、四角くて小さい「何か」に向けられていて、側にいるのに、なんだか遠い。

「ボクより大事なものってなに?」
納得できない。
なんだかわからないものとの闘いが強いられている。
これが常になってしまったら、交わりなんてこんなものさと馴染んでしまったら……。

老婆心でしょうか(かもしれませんが)、心配なのです。

「ボクを見て」
「ボクの話を聴いて」

自分の事を誰かに、じかに話すってことは愉しいってこと、じかに交わる愉しさを、たくさん、繰り返し体験するって大事なことなんじゃないかしら。

小さな人たちの強い想いが確かなうちに、諦めないうちに。

まずはお母さんやお父さんとね。
できればスマホと出会う前に。


人形劇団ひぽぽたあむ公演
こどもと舞台大博覧会
オリンピック記念センター、カルチャー棟練習室43
7月31日 15時開演
ひとり1000円
申し込み ☎042-369-1246 ひぽぼたあむ
 
いぬくんとねこくん。
ふたりのやりとりが楽しい
ひぽぽたあむの人形劇。
 

2018年5月24日木曜日

初めての保護者会

4月5月。
新年度の始まりと連休。
お子さんも親御さんもお元気でお過ごしですか。

この季節になると決まって思い出すことがあります。

初めての息子の、初めての小学校入学、初めての保護者会。
何もかにも珍しく、息子の机と椅子に座り、担任の先生を見つめました。
初めての息子の初めての出来事は、そっくりそのままで母にとっても初めての出来事なわけです。

「自己紹介を兼ねてご自身のお名前と、お子さんの良い所と悪い所をおっしゃってください」
と先生。
列の一番前から順番に立ち上がって「自己と我が子紹介」が始まりました。
最初の方が自信に満ちて、「うちの子は、勉強は苦手かもしれませんが、幼稚園時代から友達の多い子です」とおっしゃったせいでしょうか、たいていの方が似たり寄ったりの紹介をなさいました。
さて私の番になりました。
私はとても困ってしまいました。何を話したらいいのか。
そこで心のままに申し上げることにしました。

「私は我が子のことが良く解りません」

そう言ったとたん教室の風の流れが変わったような気がしました。
「私にとって、ここがこの子の良いところだなあ、と思えるところは、他の見方をすると弱点ともいえるし、弱点かなと思うところがこの子の魅力でもあるし、とかとか。良い所と悪い所が重なりあって良く解らないのですよね」
と。
よろしくお願いします! とにっこりして座りましたが
「あれ、なんか私、変なこと言ってしまったかな」
と、ひとり浮いてしまったような、居心地の悪さを感じたことを覚えています。

そして驚いたのは帰宅してから。なんと3人もの方からお電話をいただいたのです。
「何かお悩みなのね」とか「ご相談事があったらいつでも」とか。ご自身の信仰している宗教へのお誘いでもありました。
迷える母親、気の毒な母親と受け止めて手を差し伸べてくださったのでしょうね。

でも大丈夫。
その時も、30数年たった今でも、やっぱり長所は見方によって短所にもなるし、短所は長所と言えないまでも魅力の一つになっていることもあるのではと思っています。

そして何よりも親が、我が子のことを一番よく知っているとは限らないのではないかしらとも。
親が知っている我が子は、親と一緒にいるときの我が子の姿以上でも以下でもないのだということ。親こそがすべてを知っているわけではないということ。

我が子も私たち大人と同じように、他の場面では全く違う顔で、もしかして「別人」のように生きているかもしれないということ。

長所や短所と言いますか、「個性」は固定したものではなくて、関係によって引き出されるものだということ。
もっと言えば本人でさえ気が付いていない「自分」がいる!

だからこそ、我が子にも、家だけではない、学校も含めての「もう一つの場」(それも複数で!)があることは素敵なことです。
いろんな人や出来事に出逢いながらいろんな「自分」に出逢っているのですから。

親が我が子のすべてを知ることはできないし、それでよいのだと思うのですが、いかがですか。




前夜の名残り。

ひぽぽたあむ公演「かえるくんかえるくん」
大東おやこ劇場さんが作ってくださった公演ポスター。



2018年2月13日火曜日

小さくて大きな人たちに会いに来て

幕の後ろからですが、小さな人たちと出会っていると、彼らの大きさに目を(耳を)見張ることがたびたびあります。
例えば今回は、人形劇団ひぽぽたあむの人形劇「チップとチョコ」(三本だて)の一本目の「おでかけ」でのエピソードを。
原作はどい・かやさんの同題の絵本(文溪堂刊)。しっかり者の妹と心優しい兄ちゃんのお話です。

おばあちゃんが兄妹に襟巻きを編んでくれました。
兄には黄色、妹には赤です。
お兄さんが「ボクの大好きな卵焼きの色だ」と言いながら巻いてしまうものですから、
もめごとが始まります。
妹は「私も黄色がいい!取り替えて」と。 でも兄は「チョコのは可愛い苺の色だよ」と。
なんとかおさめて二人でおばあちゃん家に見せにいくことにしました。
ところが途中で、黄色い小鳥に出会ったり、赤いリンゴを担いだイノシシに出会ったり。
そのつど妹は「やっぱり黄色が」、「やっぱり赤が」と取り替えっこを要求。
大泣きしたり、もう行かない、とか言いながらね。
しぶしぶ取り替えてあげる兄。
やっとこおばあちゃん家に着いたら、なんと幸か不幸かお庭に黄色い花が!
当然二人は黄色を取り合いっこに。
そこへおばあさんが登場し……。

 さて、皆さんならこのもめ事にどう落とし前をつけますか。

チップとチョコのおばあちゃんは、小さな二人におやつをすすめ、その間に襟巻き二本ほどいて、しましまに編み変えちゃうのです。

皆様いかがですか!?

妹は「これで、小鳥ともリンゴともお花ともおんなじだね」と喜びますが、
演じている私たちは、「え、おばあちゃん、二人に相談もなく勝手にやっちゃって良いの?」とドキドキします。
もちろん、さすが年配者の知恵だな、と感心もしますが。

客席の皆さんはどうかしらと耳をすますと、
つるつるつると襟巻きをほどき、玉にし、編み変えるおばあちゃんの仕事っぷりに見とれ、「上手!」と声までかけてくれる人もいて。
少なくともたいていの観客は、おばあちゃんのしたことを受け入れ、ほっとしてくれているようなのです。

ですから、兄のチップも「おばあちゃんありがとう」と言います。
世論に支えられてね。

そうなんです。
私が驚くのはここです。
「おばあちゃんが一生懸命編んでくれたのだからいいかあ」と受け入れてくれているんだ! と。

このドラマは小さな人たちを大人たちが見守っているだけではなくて、
大人たちを(!)小さな人たちが見守っているドラマでもあるんだ、と改めて感動する次第。

あらすじめいたことも書いてしまいましたが、観ると聞く(読む)とは大違い。
舞台と、優れた小さな観客を観に是非劇場へおでかけください。


昨年柏崎子ども劇場さんでの公演の時に
作っていただいた「チップとチョコ」の看板。

 


◆劇団ひぽぽたあむ公演のお知らせ◆
こいぬの兄妹チップとチョコ

2018年2月25日 13:00
ASIA TYA Festival in Japan 2018 参加
チップとチョコ
会場: 国立オリンピック記念青少年総合センター

お申し込みはカンフェティ0120‐240‐540まで



2018年3月18日 11:15
ふれあいこどもまつり 参加
チップとチョコ
会場: 文京シビックホール

お申し込みは劇団ひぽぽたあむ☎042‐369‐1246まで